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【プロ野球】シーズン30犠打以上のOPSランキング

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はじめに

一般的に、送りバントを命じられるバッターは打力が低いとされる。シーズン犠打数上位のOPSはいずれも.700を下回っており、確かにその通りかも知れない。

年度選手名所属犠打OPS
1991川相 昌弘巨人66.643
2001宮本 慎也ヤクルト67.625
2011田中 浩康ヤクルト62.600
2013今宮 健太ソフトバンク62.658
2014今宮 健太ソフトバンク62.602
2016中島 卓也日本ハム62.601
シーズン60犠打を達成した打者のOPS

しかし、中にはOPSが.800を超える打力を持っているにも関わらず、シーズンで30を超える犠打を記録した打者がいる。というわけでシーズン30犠打以上の打者のOPSランキングを見てみよう。

シーズン30犠打以上のOPSランキング

シーズン30犠打以上の打者のOPSランキング(.800以上)は以下の通りである(太字はリーグトップ)。

順位年度選手名所属OPS犠打打率本塁打打点盗塁
11981石毛 宏典西武.91331.311215525
21980簑田 浩二阪急.85731.267317939
32010平野 恵一阪神.82059.3501246
42010梵 英心広島.81436.306135643
51977高田 繁巨人.81332.296176511
62014菊池 涼介広島.80843.325115823
71990川相 昌弘巨人.80658.2889325
参考2006関本 賢太郎阪神.82333.3019330

1位はOPS.913で1981年の石毛宏典(西武)だった。新人ながら3割20本を達成してOPSは.900を超えたが、打順は2番がメインで犠打も31を記録した。犠打が30を超えたのはこの年だけだったが、2年目以降も毎年のように二桁犠打を記録している。通算で200本塁打と200犠打の両方を達成しており(236本塁打、218犠打)、これは他には高木守道(236本塁打、200犠打)と谷繁元信(229本塁打、252犠打)だけの記録だ。

2位はOPS.857で1980年の簑田浩二(阪急)。78年から福本豊の後ろの2番バッターとして活躍していたが、80年に長打力が開花して31本塁打を記録した。犠打と盗塁も30を超え、長いプロ野球の歴史でも唯一となるシーズン30本30盗塁30犠打を達成した。なお、トリプルスリー(3割30本30盗塁)を達成した83年は3番がメインだったため、犠打は7個にとどまっている。

3位は2010年の平野恵一(阪神)であり、OPSは.820だった。214本で当時のシーズン安打記録を更新したマット・マートンとこの年104打点の鳥谷敬に挟まれた2番打者として59犠打を記録した一方で、1本塁打ながら.350という高打率をマークしてOPSが.800を超えた。

平野と同じ2010年の梵英心(広島)がOPS.814で4位。開幕から2番を任されて36犠打を記録しただけでなく、自身初の3割を達成するなど打撃が好調だった。また、この年は43盗塁で盗塁王のタイトルに輝いている。

5位には、1977年の高田繁(巨人)がOPS.813でランクイン。76年から2番を打つことが増え、プロ入り10年目の77年に初めて30犠打を記録した。打撃の方も打率.296の17本塁打とまずまずでOPSが.800を超えた。

6位は2014年の菊池涼介(広島)でOPSが.808だった。1番が固定できない中で2番を打ち続け、43個の犠打を記録した。打撃も好調で、リーグ2位の打率.325に加えてリーグトップとなる二塁打39本をマークした。

OPS.806で7位にランクインした1990年の川相昌弘(巨人)は正直意外だった。歴代1位の通算533犠打を記録していて非力なイメージが強い川相だが、90年はキャリアハイの9本塁打をマークしてOPSが.800を超えた。

2006年の関本賢太郎(阪神)は規定打席未満のため参考扱いになるが、33個の犠打を決めた上でOPS.823をマークした。他にも規定打席未満で条件を満たす選手がいるかもしれないが、自分は見つけることができなかった。

最後に

OPSが.800を超える打者にバントさせることに対しては否定的な意見も多いと思う。自分も正直もったいないって思ってしまう。ただ、ランクインした年は打高の傾向にあるので、相対的に打力が低かった可能性はある。って、1981年の石毛のOPS.913はチームトップだった…。

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